日本に暦が伝来した事については、日本書紀「553年(欽明天皇14年)に百済へ暦博士の来朝を求めた」とあります。
また、602年(推古天皇10年)に、観勒が来朝して暦法を伝え、日本の学生に学習させたと記録されています。七曜は弘法大使の「宿曜経」によってもたらされたそうです。
現在の太陽暦(グレゴリオ暦)を使用するようになったのは1873年(明治6年)から。
当初の「こよみ」は小冊子の形をとったものが主流で、始めは暦屋の団体である領暦商社、1883年(明治16年)からは伊勢の神宮司庁しか発行を認められていませんでした。
明治時代の中頃から1枚刷りの引札略暦が大流行しました。
そして、1903年(明治36年)には日めくりカレンダーが大阪で製造されました。
日めくりは旧暦も併記され、美しい台紙に告知が入った物で、中小商店や会社、銀行などが大量に作り、人々に配布しました。 今日、主流となっているカラー写真の入った月めくりカレンダーが流通するようになったのは、1945年(昭和20年)以降です。
11月9日に太陽暦が採用される。翌年1月より実施。 御伊勢参りに日本全国から多くの人が参拝に訪れました。 その時お土産で一番喜ばれたのが伊勢暦です。 他では販売できなかったからです。
伊勢神宮司庁からコヨミが出される。1枚摺の略歴の発行が自由となり、広告宣伝用の引礼暦が作られる。
30年代に入ると活版印刷や石版印刷のものが登場。華麗な絵が入った引札が大流行、今日のカレンダーの先駆けとなる。
横浜で西洋風の日めくり式卓上日記が作られる。
神戸の印刷所で初めて日めくりカレンダーが試作される。
大阪で初めて日めくりカレンダーが製造された。
コヨミの出版が自由となる。
月めくりや写真入り月表が売り出される。